オートファージ
自宅に今咲いているスズランです。どこで手に入れたのかは不明です。ずいぶん昔のことなので忘れています。
3月19日の朝日新聞「バノン氏が代弁する復活後の構想」を読みました。
米政府の職員を、過去に例のないほどの規模で「総入れ替え」するとのこと。
それは危険です、と言いたい。
ディープステートが握っているのは、影響力のあるほんの一部の人間です。彼らは影響力のある人間を選ぶことが非常にうまい。彼らは敵も味方も利用する。
大多数は言いたいことも言えず、ただ無意味に従っているだけ。その中には優秀な人もいる。組織の実態や不備に気づいている人もいる。そういう人を一律に解雇することは、返って組織の混乱を招き、ディープステートに付け入る隙を与えることになるのではないか。
しかし、オートファージという考え方もある。
人間の細胞は時々オートファージをして再生させるのだとか。そのオートファージの考え方は細胞を選ばない。「一律に」という考え方である。
人間がオートファージによってよみがえるように、民主主義社会も時々オートファージをしなければ、再生しないのかもしれない。
しかし、オートファージは体のごく一部でおこる。あちこちでオートファージが起これば人は死んでしまう。民主主義も同じことではないのだろうか。
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2024年4月21日 | コメント/トラックバック(0) |
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